総本山妙満寺
顕本法華宗総本山妙満寺は、日蓮聖人の滅後約100年にして、日蓮聖人の教えをそのままに継承された日什大正師(1314-1392)が、康応元年(1389)に、帝都弘教の拠点として室町六条坊門に創建されました。
日什大正師は、もともと天台宗の高僧でしたが、日蓮聖人の御書に触れ、これこそ末法にふさわしい正しい教えだと日蓮聖人の門下に改宗されたのでした。
しかし、その当時、日蓮聖人の各門流は、正嫡を争って内輪もめに明け暮れ、日蓮聖人の御教えを正しく広めようとしていなかったのです。日什大正師は、その現状を嘆かれ、正しい教えは、法華経と日蓮聖人の御書を正しく理解してこそ受け継がれるべきものだとの「経巻相承」を主張され、他の門流から独立されたのでした。
妙満寺とその門流は、以後、幾度か洛中に寺域を変わりながら発展しましたが、天文年間には、その隆盛ぶりを比叡山にねたまれ、日蓮門下の他本山とともに破却され、一時堺に逃れました。
豊臣秀吉の時代に京都に戻り、以後400年にわたって、寺町二条(現在の京都市役所のすぐ北側)の地にありました。
昭和43年、周囲の俗化した環境を逃れ、現在の左京区岩倉幡枝の地に移転しました。宗祖日蓮聖人が若いころ遊学され、また、御開山日什大正師が学ばれた比叡山を真東に仰ぐ清浄の地です。
寺町から移築された俳句の祖・松永貞徳造営の「雪の庭」があり、また、紀州道成寺から伝わった「安珍清姫の鐘」を所蔵することで有名ですが、近年は岩倉移転時に建立されたインド・ブッダガヤ大塔を模した「仏舎利塔」、春のつつじ、しだれ桜、秋の紅葉等等でも知られるようになりました。
年中行事としては、ほぼ毎月の法要があるが、特に、5月中旬の「春季大法要」は、全国の檀信徒が参拝し、ひときわにぎやかです。
また、近年は、ブッダガヤ大塔にちなみ営まれる釈尊成道会(12月上旬)で、ふるまわれる「大根だき」が、絶妙の味付けと地元京都で評判を呼んでいます。

総本山妙満寺